メルスモン製薬の研究・出版

和剤局方の現代的意義と神仙太乙膏について

東京漢方教育研究センター 山口由紀子


はじめに

中国の宋代に刊行された協定処方集である和剤局方(太平恵民和剤局方)は、 当時及びその後の中国の医薬界に大きな影響を及ぼしたばかりでなく、我が国においても、明治に至るまで尊重され、使用されてきました。

薬局方という名称が、和剤局方に由来しているということは、広く知られていました。 この書物に初めて収載された、四君子湯、六君子湯、四物湯、安中散、十全大補湯、参蘇飲等の処方は、日本でもよく知られています。 ここでは、和剤局方の内容の検討を行い、その意義について明らかにしていきます。


和剤局方について ~宋代の社会~

なぜ、宋代に和剤局方が作られたのでしょうか。十世紀、唐の末期から国が混乱し五代十国の時代といわれ、群雄割拠の時代が五十年位続きました。それが、 960年に統一され、宋という国が成立しました。宋代は、経済的にも、文化的にも、非常に発展しました。三大発明といわれている木版印刷術、火薬、羅針盤は、この時代の発明です。

宋代は、戦後の日本と同じように、経済的な利益ばかりを追求する現象がうまれ、薬剤の値段が高くなるし、悪い薬剤をだまして売るというような状況がでてきました。ですから、薬の品質がかなり悪くなるという状況がうまれてきたわけです。そこで、政府は、国として対応策をたてるということになり、国で薬局を経営して、材料の良い、品質の保証された生薬を用意しておいて、適切な値段で売るというような組織を作りました。

その時に、全国の医者から良い処方を献納させました。それまでは、処方は秘伝で、公開されていなかったものですが、政府の命令で公開させたわけです。それだけではなく、それを、中央で再検査して、臨床的に確実だということを確かめたものだけをそこで扱うようにしました。その処方を本に編纂したものが、和剤局方です。初刊は、1078年です。


和剤局方について ~和剤局方の特徴~

和剤局方の特徴として、二項を考えました。その第一は、薬局方(Pharmacopoea)の成立の要件を満たした世界最初の公定書であることです。ここに、成立の要件として、四項目をあげることができます。

成立の要件

  1. 国の事業として取り組まれ、複数の医師によって編纂されていること。
  2. 治療効果が優れた処方が選択され、薬物の品質や、調整法、分量等が規格化されていること。
  3. この処方集が国家機関によって刊行され、専門家の間で重視されたこと。
  4. この処方薬にのっとった製剤が官営の薬局によって一般に販売されていること。
従来の説として言われてきたことに、新修本草(659年、通称、唐本草といわれています。)を薬局方とする見方があります。しかし、これは国の事業として取り組まれましたが、薬物書であって、処方集ではありません。ですから、薬局方とはいえません。宋代においても、開宝本草や、補注本草が作られ、さらに、再編成したものとして、証類本草が作られていますが、これらは、いずれも薬物書です。

ヨーロッパにおいても、薬局方は、協定処方薬を起源としていますし、古い薬局方ほど処方中心になっています。つまり、医師が処方箋を出した時に、同じ処方名ならば、同じ配合薬物で、同じ品質・分量のものをどこの薬局でも調剤するということが、医師から要求されました。そして、医薬品の交易が盛んになると、個々の薬物の品質を定めることが急務となり、次第に薬の原料の規格書の性格を帯びてきました。

しかし、米英系の薬局方では、薬剤使用の指導書の精神は継続されました。例示資料1は、キノホルム(ヨードクロルヒドロキノン)米国薬局方XV版(1955)です。



末尾のCategoryには、"抗原虫薬:局所消毒薬(膿)"とあり、一般細菌性疾患には使わないことが明記されています。もし、この項が日本薬局方にもあったならば、"整腸剤"などと位置づけられることもなく、スモン問題の悲劇も起きなかったであろうと思います。この項目は、U.S.P.DRUG INFORMATION等へと発展していきます。

ところで、従来、最も古いとされていた協定処方集は、1300年頃に、イープルで刊行されたAntidotarium Nicolaiですが、これは、都市薬局方という性格のものです。和剤局方は、これより約200年古いことから、世界最初の薬局方でもあるということになります。


第二の特徴

独特な薬効評価の表現がされていることです。 現在でも、疾病によっては、薬の使用基準が示されているものもありますが、薬剤の評価として、ここに示されているような表現でランクづけがされているのは、あまり見たことがありません。臨床的には、大変有意義であると思います。では、どのような薬効評価がされているのかと申しますと、3つのランクを認めることができます。

  1. 普通よりも優れている処方は、「これを服すべし」等と記載されています。
  2. 上記よりも効果の良い処方は、「いずれも皆、これを治す」等と記載されています。
  3. 最大級の薬効評価がされている処方は、「神効つぶさに述ぶべからず」等と記載されています。これは、「効き目は著明で、効果の範囲を言葉では言い表せない」ということです。
例えば、和剤局方収載の傷寒論処方は、大柴胡湯、五苓散、小青竜湯、麻黄湯等がありますが、いずれも、ランク(1)の「これを服すべし」等の、普通よりも優れている処方であるという評価がされています。傷寒論は、証による治療を論じたものであり、売薬書としての性格を持っていないため、このような評価になったわけです。ですから、ここでは、傷寒論処方の評価が低いということを言っているのではありません。

この和剤局方は、病因を考えずに、症候から処方を選定して病人に用いることができましたので、広く普及しました。これは、後に「局方主義」と呼ばれ、宋代以後、中国においてもみられる一般的な傾向でした。有用なあまり、いきすぎとなった結果、後に、朱丹渓が、その著書「局方発揮」の中で、「これは簡便法である」と批判するほどでした。

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